「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という、あまりにも有名な一節がありますが、これは明治生まれの作家、梶井基次郎によるもの。
その梶井基次郎が、京都を舞台に書いた短編小説が「檸檬」です。
檸檬
「檸檬」は大正期の京都を舞台に、三高(現在の京都大学)の学生でもあった梶井の私小説という形で書かれています。
この作品で描かれる京都は、歴史に彩られた壮麗な観光都市としての京都ではなく、市井の人々が暮らす一都市としての京都。侘びしげな裏通りや、賑やかな街角に暗く沈む廂の一角などが、31歳で早世した梶井の若き日の鬱屈した心理状態と呼応するように、鈍く澱んだ空気を纏わせて描写されます。
一際文化的でハイソな場所として登場するのが、書店「丸善」ですが、それ以外は前述の通り梶井の精神状態を表すようなうらぶれた雰囲気。
そんな街の中で主人公「私」が八百屋で購入する檸檬こそ、それまでの対比のごとく、鮮烈な色合いをもって瑞々しく描かれるのです。鈍重な心理が翻るように檸檬に強く心を惹かれる「私」。
檸檬を手にして高揚した「私」は、それまで足が向かなかった「丸善」を訪れ、書棚の上に置き去った「爆弾に見立てた檸檬」が炸裂する瞬間を空想するのでした。
誰しも感じたことがあるであろう、若い頃の焦燥や憂鬱と、それを消し飛ばすような檸檬のあざやかな黄色の色彩が、強烈なまでに印象に残る一編です。
現在の丸善さん
作中に登場する書店の「丸善」さん。作品当時の所在地は「三条麩屋町」でしたが、現在は河原町通に面するファッションビル「京都BAL」内で、京都本店として営業していらっしゃいます。カフェも併設されており、本作「檸檬」をモチーフにしたスイーツなども用意されているので、本作をお読みになった方にはぜひ訪れてほしい場所です。ですが「京都BAL」自体、すっごくオッシャレーな場所なので、梶井基次郎ならずとも、ちょっと気後れしちゃう感じも……(素敵なところですよ)。
ちなみに現在の「京都BAL」内に京都本店がオープンする以前は、同じ河原町通の別の場所で「京都河原町店」として営業なさっていた丸善さん。その「京都河原町店」が閉店になる際には、多くの作品ファンの方が訪れ、皆さん書棚にレモンを置いて行かれたそうで、当時ちょっとしたニュースになっておりました。
他の作品もぜひ
純文学は、なかなかとっつきにくい、小難しいという印象があるかもしれませんが、「檸檬」自体は10ページほどの短編ですので、とても読みやすい作品です。
また上の写真は、新潮文庫版「檸檬」。こちらには冒頭で一節をご紹介した「桜の樹の下には」も含め、多数の短編が纏められています。純文学の入り口としても気軽に楽しめますので、ぜひお手にとっていただきたい一冊です。
いやー、「読書の秋」はまだまだ遠そうですけどもね……(連日の猛暑よ……)。